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原 智彦 -hara tomohiko-

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1946年、長野県に生まれる。20代より美術活動、1970年県美術館にて「ゴミ」を出品。大問題となる。
その時応援にかけつけた岩田信市氏と以後、原告として「ゴミ裁判」、「頭脳戦線」、「ロックオペラ」、「名古屋市長選」等、行動を共にする。
1976年、大須に移り住む。1978年、寺山修司氏も参加した「大須大道町人祭」を実行委員長として立ち上げる。
1979年、岩田氏と共にロック歌舞伎「スーパー一座」結成。座長をつとめ、一座の全作品に役者の中心として出演する。一座はヨーロッパにて230回もの公演を行い、国内では夏「大須オペラ」冬「大須師走歌舞伎」(それぞれ1ヶ月公演)を中心に歌舞伎とオペラをこなし、名古屋で最も親しまれ、その夏・冬の公演は風物詩とさえなった。
そして2008年、十六夜・清心「月現薊双葉」「御贔屓勧進帳」を最後の公演に30年に渡るのスーパー一座の活動に終止符を打つ。

近年より、歌舞伎役者を通して得た、身体(伝統力)を自在に操るユニークなオリジナルダンスパフォーマンスや、国内外の豊富な舞台経験を活かしたワークショップ、美術家・音楽家とのコラボレーション等も「HAIKAI」シリーズとして精力的に行っている。

2007年より自身の開く「すり足・演劇教室」では、身に付けた伝統力を元に、人間の身体にある中心軸を身につけ、まっすぐ立ってまっすぐ歩く、身体の中心軸を大切にしたトレーニングを行っている。

鶴舞K・D Japonを拠点とする「ハポン劇場project(現在:ハラプロジェクト)」を2005年に立ち上げ、「芝居」というジャンルを超えた表現を追求し、活動を行っている。
2005年「姥捨」、2007年「北斎とお栄」、2008年「人喰★サーカス」、 2009年「草枕」、 同年冬、ハポン劇場project西尾劇場公演「ダンス・タンス・ダンス」は多くの西尾市民と共に大成功を収める。

2010年K・D Japonでの「姥捨」の再演、「姥捨インドネシア公演」を成功させ、冬には豊田の世界的に活動するバンド「TURTLE ISLAND」とタッグを組み名古屋能楽堂にてパンク歌舞伎を始める。2010年パンク歌舞伎「マクベス」、2011年パンク歌舞伎「リア王」、2012年パンク歌舞伎「逆夢」を上演し、成功を収める。

また、2012年より大須「七ツ寺共同スタジオ」にて大須の街を巻き込んだ「回遊式観劇スタイル」による「大須HAIKAI劇場」シリーズを開始。
2012年「大須ドン底 」、2013年「お熊空唄」を上演。